先日友達とバッツリ意見の分かれた話です。
友達は相手より先に死にたい派。
自分は相手より長く生きたい派。
感性真っ向対立。
でもこの場合、この二人で結婚してたら需要と供給ばっちりですね
お互いを大切な存在と捉えていることが大前提となりますが、残されるほうが絶対に辛いと思うんです。自分なら耐えられるかという話はまた別として、相手にそんな状況を与えたくないな、と。
UVERworldに【ほんの少し】という楽曲があります。カラオケランキングは下から数えたほうが早いドマイナーなアルバム曲です。
当時アルバムを購入し、油断して聞いていました。
僕は君より少しだけ強いのかもしれないね
(ほー、バラードなのかー。いいねー)
最後の日は少し強い 僕が見送るよ 君が寂しくないように たった一秒でもこの世に長く残ると約束するから
(あ、ちょっと待ってこれダメなやつだ)
僕はほんの少しでも強くなって ほんの少しでも長く生きて ほんの少しも寂しい思いはさせないよ
だから君もほんの少しでも長く生きてね ほんの少しでも一緒にいよう
(涙腺決壊)
自分の思考をプロが歌詞と声で代弁してくれている感覚に陥り、しばらくその場から動けなくなったのを覚えています。
生き死にの話や人生のラストの話になると、20代のころに友人を亡くしてしまった過去の経験がフラッシュバックして、一瞬動けなくなるということが稀にあります。おこがましいですが(もしかしたら救えたかもしれない)と、後悔が押し寄せたりすることもあります。残された側というのは、どうしても考えてしまうものです。
前に別の友達とカラオケに行き歌詞に感情が入ってしまい、歌い終わった後に涙が流れていたことがありました(その時の歌は【THE OVER】だったかな)。その友達は計り知れないほどの哀しみに直面し、苦しんでもがきながら、現在は全てを背負い先に進み出しています。
当時一連の心境を把握していましたが、自分ならおそらく精神が切り裂かれてドロップアウトしていたと思います。
誰しもが避けられない人生の終わり。でも終わった本人以外は終わりではありません。続いていきます。だからこそ、晩年を哀しみで染めるなんてことをしたくないので、タイトルのような考え方に至っております。
そう想える相手がいることに感謝しています。